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安曇野・安曇野文芸・古代 Azumino FUNE

安曇野エトセトラ

安曇野 いろいろ

魏石鬼岩窟(ぎしきのいわや)と「鬼の涙」  2021.2.1

 安曇野に伝わる 八面大王伝説。

 「昔、八面大王という鬼が中房山にいて盗賊たちと町に出ては民家を焼き払うなど人々を困らせていた。それに手を焼いていた地元の役人が都に悪い鬼を退治してほしいと願い出て、朝廷より鬼討伐の命令が下る。そして坂上田村麻呂将軍が軍勢を引き連れて八面大王を討ち取る。八面大王は不思議な力をもっていたので、その霊力で蘇らないように遺体を切断して「耳」「首」「胴体」「足」を各地に埋めた。」(といった大体の内容である。どうして切断したのに「腕」とか「手」がないのか?胴体と手はそのまま? 上田に「手塚」という地区があり塩焼王?が坂上田村麻呂に討伐され切断した両手を塚に埋葬された話がある。それが王子塚だという。もしも安曇野との繋がりがあれば、切断した八面大王の腕かもしれないなどと妄想を膨らませる。塩焼王がなぜ信濃で討伐されたのか?謎……)

 おおまかな話の内容ではあるが他にも、「鬼は悪者ではなく民を助けるため役人に逆らって逆賊の汚名を着せられ討伐された」とか、「八人の首領が集まって盗賊を働いた」とか、「鬼は不死身で山鳥の三十三節の尾羽で作った矢でないと倒せない」とか色々な話がある。それはこの八面大王が誰なのか?何をしたのか?いつの話でどうして殺されたのか真実がまったくの謎だからである。恐ろしい鬼がいて、それを坂上田村麻呂によって退治するといった話は他の地域にもある。
 その八面大王が立てこもったと言われているのが穂高有明宮城の魏石鬼岩窟。岩窟は大きな花崗岩で組み立てられた横穴式石室の古墳で、今は鉄の扉で閉ざされている。

 
魏石鬼岩窟 正面(左)・右上より(右)

 岩の横にある道しるべは右方向が塗りつぶされていた。たぶん「足跡の岩」という文字… 道しるべの先には小さな沢があり、その奥に見える巨大な岩の塊が「足跡の岩」だろうか。近づいて見ると岩には複数の足跡らしき溝があり、全体を見ると岩が裂けて顔のようにも見える。岩のあちらこちらに抉られた大小様々な足跡は自然にできたとしても数が多くて不自然に感じるのだ。八面大王はこの岩の前で何かの儀式を執り行っていたのではないか?もしくは大王がここで殺されたのか?だから儀式ー魏石鬼。謎が謎を呼ぶ空間に引き寄せられ、正面に立ち止まって見上げると岩が涙を流しているように見えた。足跡と言うには多くの疑問が生じる。もし言い換えるならば鬼の涙でどうだろう。

 魏石鬼岩窟の周りは止め山になっており、管理者がビニール紐を巡らせて「入山一切禁止」の注意書が貼られている。クマ出没の看板もあり訪れる人を近づけさせない雰囲気が漂っている。鬼の涙は何を物語っているのだろうか。大きな謎である。

鬼の涙

長峰山 「歴史の塔」 過去・現在・未来 2021.1.25

 

 前から明科の長峰山山頂にある鉄の巨人が気になっていた。
先日のMGプレスの記事によると高さ約10m、幅約5mの鉄製のモニュメントで下の茶の部分は「過去」、真ん中の緑は「現在」、上の銀は「未来」を示しているとのこと。形・色には意味があり詳細はMGプレスの記事に書かれている。

 この山頂には展望台があり遠くは北アルプス、眼下には安曇野を見渡せる。
過去は過去でも、はるか大昔の景色はどうだったのだろうか?
縄文人と弥生人がまだ行きかう古代、ここに湖は存在していたのか?
明科は高瀬川・穂高川・万水川・犀川が集まるところ。北アルプスの山地に土砂降りの雨が降れば、その雨水は槍ヶ岳で分かれてもここで合流するのである。地下に滲みた水が常に湧き出る安曇野わさび田湧水群もある。ごつごつした今の河川敷を見る限り想像がつかない のだが…
想像してみた。

 

※1970年5月12日、川端康成・井上靖・東山魁夷はここから北アルプス、安曇野を眺めている。残雪残る5月の若葉まぶしいこの時期に訪れ、とても満足されたことでしょう。

安曇野 舟